働かない人生

資格持っているけど色を仕事にしようとは思わない

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僕は色彩検定の資格を持っています。

もちろん、その資格を使えば嫌でも仕事は出来るようになるでしょう。

 

ですが、僕はそんな仕事をしようとは思いません。

というよりむしろ、めんどくさいと思ったりします。

資格を持っていることと資格を使うこと

ぼくは、資格を持っています。

それは確かです。

 

ですが、その資格を使おうとは思いません。

資格を使って、色の仕事につこうとは思いません。

 

なぜなら、めんどくさいからです。

めんどくさいのに、嫌々と働く必要がどこにありますか?

今は、働かない人生もアリな世界です。

 

なのに、働け働けって。

結構うるさいんです。

 

生きる上ではっきりさせておかないといけないのは、

働きたいか働きたくないか、です。

曖昧に、普通ですとか考えていてはいけません。

 

人は2極、働きたいか働きたくないかに別れます。

否定的に考えた時、多くの人は働きたくないと考えるはずです。

 

働きたいと思いますか?

働きたいと思はないなら、本心では働きたくないということです。

 

その本心に偽って、働き、朽ちていっても、何の満足感も得られません。

何のための人生なのか?

誰のための人生なのか?

 

僕は、その人が満足するための人生だと考えています。

満足しない人生など意味がありません。

 

人生とは自己満足の連続です

他人を満足させたり、他人のために尽くしたり。

そんなのって、本来余裕がなければ出来ません。

動物だって、まずは自分本位で動きます。

 

人って特殊なんです。

親孝行したり、家族のために働いたり。

さも余裕があるように見えます。

 

が、余裕なんて実際ありません。

自分のための人生に、他人が無理やり入り込んでいるだけです。

一人で満足にすら生きられないのに、

他人が絡んできて満足になるのか?

 

無理のある人生でしょう。

自己満足の連続の中に、他者を満足させなければならない。

本当に、満足していますか?

 

実際、満足するかしないか、

なんてのは、それこそ個人の感性に委ねられます。

ですが、満足していないのに満足してるような、

ごまかしの人生が幸せなはずありません。

自分のために生きたいと思った時

今、誰のために行きていますか?

ただ漠然と、ボケーッと生きていても、

人生なんか変わりませんよ。

 

他人のために生きたい、誰かのために生きたい。

そう思ったなら、他人のために尽くせばいい。

 

問題は、自分のために生きたい、と思った時。

本来なら生まれ持って当たり前の感覚なのに、

改められるとどうすれば良いのかわからなくなります。

 

自分のために生きるとは、どういうことか?

僕は、自分を第一に考えることが大事だと思っています。

 

漠然と、自分の未来や将来を考えても、変わる目はありませんよね。

なぜなら、どうしても家族や他人の事を考えてしまうからです。

 

人生を変えようと思っても、変えられない。

その理由は、未来を家族に、他人に縛られているからではないでしょうか。

 

僕は縛られない人生を目指しています。

それなのに、家族を絡めた未来設計なんて、する必要があるのでしょうか?

家族に縛られた未来で、どこまで変わることが出来るのでしょうか?

 

僕は、こう考えます。

今この瞬間、今だけは、家族にも誰にも縛られずに、

満足ある人生のために動けばいい。

自己満足できたなら、次は家族を、他人を満足させればいい。

 

まずは自分、自分すら満足できていないのに

家族を満足させられるわけがありませんからね。

 

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僕が働かない人生を目指す理由

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